過酷な小児科医現場を何十年も経てこられた加部先生は、どんな言葉をこれから親になる人たちへ贈りたいですか? 大田区の妊婦さん向け講演をかれこれ7年くらいやっていて、僕の子育て失敗談なんかをお話ししています。今は情報が溢れていて何とか婆ちゃんの言っている育児が正しい…と誰かを信奉する傾向があります。でもそれは違う。子育てには名人や鉄人なんかいませんよ。もしどうしても何かに頼りたくなったら、一度、自分の子どもの頃のこと、自分と親の関係を振り返ってみてほしい。僕の場合は父が「誰に食わしてもらっているんだ!」とよく子どもの頃、怒鳴られました。それは絶対に自分はしないようにしようと決めて反面教師になった。親子関係を振り返ると継承したいことや、止めたいことがいろいろ出てくるもの。そこは無視できません。 なるほど。親子関係ってどの家庭も似て非なるものですもんね。今、小さな子どもを育てている親にも何かメッセージを頂けますか? 親は子どもをほんとうに小さな頃から知っているから、なかなか子どもが別の人間とは思えず、ついつい自分の意見や理想を押しつけちゃう。子どもって「自分とは別の人格」だと自覚する。親はそういう認識をどこかでしないとならない。時には冷めた目で見るというのも大事。子どものために線路を引き続けることはできても、それが本当に子ども達のためなのか。馬を水飲み場まで連れて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできないんですよ。 アハハ。すごくわかりやすい例です!馬だって喉が渇いていなければ水は飲みませんものね。 そう、これは赤ちゃんでも同じです。例えば、ハイハイしない赤ちゃんがいます。うつぶせが嫌いな赤ちゃんはハイハイしたがりません。うつぶせになるとすぐに仰向けになってしまう。少し成長すると座ったままで移動をするようになってハイハイを無理にさせようとしても座ってしまう。こういう子もいるのです。子どもだって本当に小さいときからこのくらい意思をもって生きているんですよ。子どもが選んでいるのに、親が自分の期待をかぶせて子どもを見てしまう。そこを調節してあげないと、かえって子どもの伸びる目を摘んだり、捻じ曲げてしまうことがあるのではと思います。導くことも大切ですけれど、それは線路を引くことではない。子どもを育てるというのは簡単なことではありませんね。 親子バトルする思春期になると、また悩みは別の形になります。加部先生はどうやってその時期、息子さんたちと付き合ってこられました? 子どもが葛藤している時、親も葛藤している。その付き合い方もすごく大切。ウチでも息子3人それぞれ思春期があって、個人的には情けないヤツなんて思うこともありました。でも彼らは紆余曲折ありながら、それを乗り越えた。長男が小学校を卒業した春休みに、妻の発案で二人で旅に出かけました。ものすごく忙しい時期だったので、3日間も休みをとってまでして何で長男と旅行に行かねばならないのか、と妻と大もめにもめましたが、結局、押し切られて(笑)、全部子どもに旅の計画をたてさせて行ったんです。どこ行きたい?と聞くと、広島の原爆ドーム、奈良の大仏と修学旅行のようなコースを親子二人で過ごしました。でもね、それまでなかなか向き合う時間がなかったので、その3日間は本当におもしろかった。改めて、「この子はこういうことを考えているんだ」とわかった。帰宅すると妻が飛びだしてきて、「どうだった?」と聞くんですよ。それを僕は、開口一番、「あいつは他人だな」と答えたそうです(笑)。その後、次男、三男ともそれぞれと同じように父子二人旅をしましたが同じものを見ても感想も違って三人三様。つくづく子どもは親の物ではないし、親が子どもの線路を敷き続けることはできないと実感しました。僕は今、父と子の二人旅をいろんな人に推奨しています。 ---ありがとうございました! <了> ●加部一彦さん書籍情報
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