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平野啓一郎さん

平野 啓一郎(ひらの けいいちろう)

小説家。1975年、愛知県生まれ。北九州市出身。1999年京都大学法学部在学中に投稿した『日蝕』により芥川賞受賞。数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2008年からは、三島由紀夫賞選考委員を務める。主な著書は、小説では『葬送』『滴り落ちる時計たちの波紋』『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)『ドーン』(ドゥマゴ文学賞受賞)『かたちだけの愛』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』、エッセイ対談集に『考える葦』『私とは何か 「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方 変わりゆく世界と分人主義」などがある。 2016年刊行の長編小説『マチネの終わりに』(渡辺淳一文学賞受賞)は20万部を超えるロングセラーとなった。最新作は長編小説『ある男』。 »  平野 啓一郎 公式サイトはこちら

「自分とは何か?」をテーマに。

「ある男」、とても読み応えがありました。物語の展開が美しい編み物の模様のようで。複数の社会テーマも織り込まれていて、読み進めながら感情が揺さぶられました。平野さんは本作どんなふうにテーマを決められたのですか?

前作「マチネの終わりに」の延長として、前作とは違う作品という意識もあり、ひとつはアイデンティティーの問題です。「自分とは何か?」というのは、ここ何年も僕が主題にしてきたテーマです。過去の積み重ねが僕という人間を創り上げている。その過去は換えられるものなのか?ということを全編通したテーマにしています。生まれ育ちによって不幸な人生を背負ってしまう人がいる。それを克服できる人もいれば、人生の足かせとなってしまう時に「もし違う人生だったら」と考えるのではないか、と想像したのです。そこから他人の過去を生きるという着想が生まれて、身近な人間が抱えていそうな問題に焦点をあてて「人間的なやさしさ」をテーマにしようというのがありました。読者が現実に疲れている気がして、そういう中でどういう本を読みたいか。その辺りから着想しました。

死刑制度、在日韓国人、病気の子どもを亡くした母親…など、一つひとつが深くて考えさせられます。ライトにさらっと読める小説はいくらでもありますが、きちんと小説と対峙しないとストーリーに置いて行かれてしまう。物語は書き進めるうちに登場人物が自然と動くものでしょうか?

順序だててうまく説明できませんが、社会自体が複雑になっている。社会的な問題が絡まって、ひとりの人の行動や境遇に至っているはずなのに、それを全部取り払ってしまうことによって本人の問題という自己責任論になってしまう。それに対して僕は反対です。そうするとやはり構造的な問題を描いてゆかないとならず、どうしても社会的背景や今の風潮を丁寧に描きこまないといけない。ただ情報量も増えて話が複雑になりがちなので、メインのプロットはきれいな線を描いて、流れるように仕上げながら、深く読み進めるうちにそれぞれの層に読み解くべきテーマがあって、最終的には言葉にできない主題にまで読者がたどり着く。そういうデザインのようなことは意識しますし、どちらかといえば技術的なことです。

まさにデザインですね。それは最初の小説から意識されていたことですか?平野さんにとっての小説とは?

デザインという言葉を使って意識し始めたのは「かたちだけの愛」からです。プロダクトデザイナーを主人公にした話です。その前後からデザインに関心がありましたが、改めてデザイナーの仕事に注目して取材をしました。その発想は文学にも必要だと思うようになって、それまで自分なりに考えていたことがよりクリアに把握できるようになりました。でも、「ある男」はかなり苦労して書きました。小説を書くことは好きでやっているのが半分。もう一方では読者がいて、人は小説に何を求めているのかを考えています。僕自身、小説を読むことで人生救われたという意識が強いので、自分が書くものも現実世界で生きていくことが満たされない人のささやかな喜びになるといいなと思っています。

平野さん小説家デビューのきっかけは、京都大学法学部在学中に執筆した作品が芥川賞受賞でした。在学中に賞を取るという目標があったのですか?

そんなことは全然考えていなくて。大学に入ったくらいから、小説家になりたいと思っていました。初めて小説を書いたのは高校生の頃でしたが、その時はただ書きたくて書いたので、作家になりたいなどと思わなかったですし、なれるとも思っていませんでした。大学生になってまた小説を書き始めて、学年が上がっていくにつれ何の仕事に就くか?深刻に考えるようになりましたし、小説家になれたらいいと思っていましたが、賞を取ろうとは思ってなかったので受賞にはビックリしました。 京大法学部は入学時点で半分くらいは弁護士、官僚になりたい人。あと半分は文系にありがちな何になったらいいかわからない人で法学部ならつぶしが利くと思っている。僕もどちらかといえば後者のタイプでした。今回本を書くにあたって5,6人の弁護士に取材をしましたが法学部出身なのに知らないことが多すぎました(笑)。

「日蝕」(新潮文庫) 京大法学部在学中に執筆したデビュー作。

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