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■大卒後にリクルートに入社されたのはどうして? 大卒で入れてくれる実業団のある会社ってあまり無かったなかで、まだクラブチームとしてできたばかりのリクルートが、そのころ何の実績も無い自分自身の、唯一“走りたい”という気持ちを受け入れてもらえる『枠』があった。同期の仲間はほとんど高卒で入社。リクルートの平成元年入社同期は700人という、当時の会社側の想像を上回る数でした。
■マラソンを選ばれたキッカケは何だったんでしょうか? 当時、増田明美さんとか有名でした。その当時マラソンはやりがいはありそうだけれど、悲壮感が漂っていた。それに対して、ソウルオリンピックで優勝したロザ・モタというポルトガルの選手がゴールした時は満面の笑顔。そんな爽快感を表したマラソンのゴールは今まで見たことがなかった。私は大学4年生で、テレビでそのシーンを見て、強烈に感動しました。マラソンって本当はどんなスポーツなんだろう?と知りたくなって興味がわきました。
■大卒でリクルートに入ってから、マラソンをするようになったということですね? 他に選択肢が無かった。スピードで勝負はできませんし。やればやっただけの結果がでるスポーツがマラソン。それでも初めての合宿では、先輩に付いていくのに精一杯。二回目の合宿でようやく付いていけました。我慢は苦じゃないんです。辛抱を力にしようと。
■「辛抱を力に」。それは何かをやり遂げようとする人にとって、勇気づけられる言葉ですね。 高校時代から前にしか人が走っておらず、自分は一番後ろで走っていた。実は一度も「頑張れ」と監督に言われたことがないんです。十分頑張っているのは皆にもわかっていたのでしょう。それがプツンと切れないように、いつも「有森、辛抱ぞ」と言われてきました(笑)。私は、人の倍以上我慢をしていればいつか人に追いつけるんだと。人が嫌がるものを好きになったり、人が悪条件と思うものを好条件と思えば、私にはそれがプラスに働く。それを力にしようと思ってきました。それだけが唯一、身にするための手段でしたね。
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