子どもの育ちに迷いや不安があって困って先生を訪ねる親たちは多いと思います。そうした悩みを抱える子育て世代に何かアドバイスをお願いします。 一概には言えませんが、発達障害に限らず子育て全般に言えることですが、こんなふうに子どもが育つといいなという希望は持たない方がいい。楽しく毎日過ごしてほしい、くらいならいいのですが、例えば将来医者になってほしいとか、大学くらいはせめて出てもらわないと困る…とか、そういう希望は子どもにかなり良くない影響を及ぼすリスクがあります。今、教育の技術が高まっているように思えて、昔よりもお節介になって子どもの意欲を削いでいることが多い。子どもが不自由なんです。自由に試行錯誤する機会が奪われている。大人の既定路線から少しでもはみ出ないようにと育てているご家庭が多いですね。もっと子ども自身が自分で考えて自由に試行錯誤する意欲を育てるべきです。 10月公開のイタリア映画「トスカーナの幸せレシピ」で先生は字幕監修をされています。アスペルガー症候群の青年と、元三ツ星シェフの友情を描く物語。マスコミ先行試写で観てグッときました。映画のパンフレットに書かれている先生のコメントも温かくて観終わってジンワリと心に沁みました。たくさんの患者さんを診てこられた先生はこの映画にどんな感想をお持ちですか? カラッとしていい作品でしたね。同じテーマを扱っても日本人がこういう映画を制作したら「お涙ちょうだい」ストーリーになってしまいそうです(笑)。自閉スペクトラム症の日常生活で経験されるエピソードをよく研究されていて自然な形で散りばめられています。字幕監修は以前「ぼくと魔法の言葉たち」でも担当しました。障害のある人が示す純粋さ、一途さは多くの人が日ごろ忘れがちな大切なことを思いださせてくれます。こうした作品に触れてイメージを膨らませて、人の生活に本当に大切なこととは?を改めて考える機会になってほしい。 たとえば部屋がごちゃごちゃで全然片付けられない22歳になるうちの息子の場合、本人はいたって気にしていませんが、もうあきらめたほうがいいのでしょうか? あきらめるというか、支えてくれる綺麗好きな人を誰か見つければいいんです。その子が他に役に立てるもの、自信をもてることがあれば生きていけるわけで、苦手なことはカバーしてくれる人が他にいればいいと思いますよ。ガミガミ怒っても、自分が大切だと思わないことは耳に入っていないことでしょう。やればできる、というのは、いざとなったらできるんだから、普段はやらなくてもいいということです。そこをわかっている人はメンタルが強い。なんでもできる!と自分の力を過信するのはどうかと思いますし、自分の苦手なことを認める。そういう開示を素直にできるキャラに育てたほうがいいですね。今の日本は『何でも自分ひとりの力でやらなくちゃ!』と育てようとするから、だいたいすべての人が自信を失う。高校生の意識調査の国際比較で、学力については日本はトップクラスなのに、自己肯定感は断トツビリ。これは減点主義で、すべてのことをそこそこやらせようとすることが原因だと思います。 減点主義。相対評価があることで、自己肯定感が低くなっている気もします。最後に先生から日本の教育について思うところをお聞かせください。 僕は日本の学校教育はかなり危ない状況にあると思います。そんな教育をずっとやってきているから日本人は自信が持てないか、逆に変に自信をもとうとするとヘイトスピーチみたいになる。健全な自己評価がない。それは自分の苦手なことを苦手だと認める文化がないから。苦手なことを自覚しながら、得意なことをアピールできるようにすれば健全な自信が持てる。 発達障害というのは、それぞれの発達の特性を、自分とは関係ない特別なものだと考えるのでなく、自分にも該当する可能性のある、身近なものとして考えていただければと思います。 ---ありがとうございました! 2019年9月取材・文/マザール あべみちこ 本田 秀夫 書籍紹介
■映画紹介 “グルメ界の神”になりそこね、不器用で怒りっぽい性格の中年男。“神の舌を持つ天才”でありながら、恋愛に不慣れなピュアな青年。生きてきた環境も性格もまったく異なる二人が料理を通じて心を通わせていく姿を、イタリアならではの明るさと優しさで描く心温まるヒューマンコメディ。一流シェフのアルトゥーロを演じるのは『イラクの煙』で数多くの主演男優賞に輝いた名優ヴィニーチョ・マルキオーニ。アンナ役には『いつだってやめられる10人の怒れる教授たち』『家族にサルーテ!イスキア島は大騒動』のヴァレリア・ソラリーノ。アスペルガー症候群の青年グイドを新鋭ルイジ・フェデーレが演じる。(作品資料より) |
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