早くから自分の視点をお持ちでしたが、小学生くらいの頃は何か習い事をされていましたか? ジャッキー・チェーンの映画を観ていた影響で、小学校6年間と中学の途中くらいまで少林寺拳法を習っていました。武道の心構えは身につきましたね。習い事よりも、僕は家では工作が好きで、厚紙とハサミさえあれば何でも作りました。一方でプラモデルなどはあまり好みませんでした。決められた設計図通り作るのは苦手で、自分なりの発想で作るのが好き。これはプロデュースの仕事につながっているのかもしれません。屋外では漁港に這いつくばっていました。家は目白ですが、海まで1時間半くらい掛けて通います。距離が離れているからこそ日常にはない価値があるので。 少林寺拳法と工作とタモ網と…幅広いですね。これからの子どもたちへ伝えたいのはどんなことでしょう? 職業名に囚われないで生きてほしいですね。職業名からやりたいことを辿ろうとすると枠の中に納まらないとならない。魚好きを肩書に変換しようとすれば魚類学者、水族館の飼育員、漁師、魚の料理人などがあります。「将来何になりたいか?」の、「何」の部分を単語で捉えようとすると、その枠の外で無限に広がっている世界に気づけずに終わってしまう。もし僕が大学の研究者になっていたら『こんなはずではなかった』…と思ったことでしょう。研究者が日々とても面白い発見をしていても、それが論文として学会の中でだけ回っているのではもったいない。一般の人に気づいてもらえるように、枠を突破してくれた第一人者はさかなクンです。お茶の間に魚の世界を引っ張ってきてくれたおかげで、魚の世界にぐっと近づけた。今は職業名はいくらでも自由に作れる。ユーチューバーなんて職業は僕の小学生の頃、なかったわけですから。好きなことを発信できるツールがある今の時代はとても恵まれていると思います。僕は幼少期にそれがなかったからこそ、今一つひとつの発信をすごくありがたく感じていて、120%の力を注いでいます。 既存の職業名に自分を当てはめようとしないことは、可能性を拡げますよね。そうした発想を持てる親が増えるために親世代にメッセージしたいことは? 子どもが発信していることをピックアップしてほしい。子どもはやりたいことの塊で、エネルギーの宝庫です。子どもが語ることで例えば「ウルトラマンになりたい」というならば、大人側からしたらなれるわけがないと思って適当にスルーしてしまいがちですが、ウルトラマンになったらどんなことがしたい?とか紐解いて引き出してほしい。その子が興味を持っていることが何かを考えてあげる。そして、子どもに習い事を当てはめるのではなく、興味があることに気づいてほしい。 では最後に2022年コロナ禍は引き続きですが、これからの抱負をお聞かせください。 僕の夢は、自分の水族館をつくること。20代のうちに水族館をつくることを掲げていて、前段として京王聖蹟桜ケ丘ショッピングセンターに9日間期間限定の水族館をつくりました。まだオフレコですが、今年はとある場所に常設の水族館ができる…かもしれません。 新しい水族館!楽しみですね。つくりたい意欲が溢れているのを感じます。他にも構想がありますか? コロナ禍、子どもにとっては人と集えないことは一番打撃が大きいと思います。僕は師匠フェチで誰かに弟子入りするのが大好きで、いろんな人に育ててもらいました。カリブ会の約200名は僕の人生の師匠たち。一人ひとり声をかけて構成していきました。200人いれば二百通りの生き方がある。その生き方、遊びゴコロのエッセンスを幼少期からもらってきた。人と密な関係で話しができることは成長に影響します。コロナ禍によってその機会を奪われてしまうなら何かサポートしたい。僕のつくりたい「学校」は、「師匠とマッチングする場」としての「学校」です。30代のうちにつくりたいと思っています。 ---ありがとうございました! 2022年1月リモートによる取材・文/マザール あべみちこ 鈴木 香里武 書籍紹介
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