先生は幼少期とても体が弱かったと伺いました。先生のご家族は体調管理のために何か気をつけておられることはありますか? 私は産まれた時から体が弱く、母がおぶって医者のところに走っていたそうです。25歳頃まで虚弱体質でした。それからは少し元気になって、42歳でお酒が飲めるようになり、普通の生活ができるようになった。父は数学者で一日中部屋にこもって研究する、人の評価より自分の好きなことを大切にする人でした。今は名古屋に住んでいます。妻は食材には気をつけていますので、あまりにも安い食材は買わないようにすると言っています。また、娘は小児科医で病院に勤務していますが、立場上なるべく内部被曝をしないように気をつけています。 よくチェルノブイリの事故とフクイチの事故は違うと言う人がいます。私にはフクイチを過小評価する意味がわかりません。武田先生はどのようにお考えですか? 同じです。臨界に達しても同じものしか出ない。もともと発電所の中は臨界を超えています。臨界を超えたときに出るものは同じものしか出ない。チェルノブイリの事故は、核爆発と水蒸気爆発ではないかと言われています。フクイチは水素爆発。それは外への出方が違う。トラックで荷物を運ぶか、人の手で運ぶか、といったような運び方の違い。物は同じなのです。ただ、科学的に言えば、チェルノブイリは核反応が進みやすいし、日本の軽水炉は核反応が起こりにくい。そういう違いはあります。しかしそれは原子炉の構造的な話で、我々の健康に影響を与える事故であることには変わりません。 放射線から身を守る具体的な方法はどういったことでしょう? まず一つ目は「身の回り、家の前の道路などを水で拭いたり、流したりする(セシウムそのものを除いておく)」、二つ目に「体調を整え、運動をして、新陳代謝を盛んにする(体のセシウムをカリウムに)」、そして三つ目に「カリウムの多い食品を摂る(セシウムを追い出す)」といったことを講じてセシウムの半減期を減らす努力をしましょう。 スーパーに陳列されている私なら絶対に買わない産地の食べ物も気にせず買っていく人がいます。この意識の違いって何だろう?と思います。この先落ち着く時期がくるのか、武田先生の予測はいかがでしょう? 親同士、意識の差は生じますよね。だって国や専門家がこんなに悪ければ、意識の低い人はいてもしょうがない。意識のしっかりしたお母さんが正しいことを選択すべきです。何しろ20mSvは1年間でレントゲン400回相当になる数値。子どもにその負荷が掛かってよしとする親はいないでしょう。そういう気持ちがあれば、おのずと意識は変わるはずです。今年は2mSvくらいに押さえておいて、来年からヨウ素がなくなるから最初の5年間を子どもが乗り切れば大体、大丈夫だろうと思っています。 子どもの定義としては、成人前までの括りで考えればよろしいですか?この5年間の過ごし方が鍵になるのでしょうか? 一番危ないのは10歳までの子ども。特に乳児の場合は気をつけたい。1歳の赤ちゃんのいる親子で東京から九州に避難している方もおられますが、1年間くらい様子を見てから東京へ戻る時期を決めたほうが良いと私は言っています。様子見しているうちに、だんだん良くなってくるはずです。いい加減な食べ物を売ると皆が糾弾するようになる。今年いっぱいは食べる物を厳選して気をつけるようにしたい。この5年間くらいのうちに、だんだん良くなってくるでしょう。 ---ありがとうございました! <了>
活動インフォメーション
●武田 邦彦さん活動情報 緊急企画!放射能対策講演会※保育あり 子どもを育てる親同士、子どもと関わる大人が地域を超えて、近隣地区を含めてつながりあい、 放射能汚染をされている生活から子どもを、家族を守るために必要な対策を講じるべく ぜひ聞いてみたい!と思う先生、専門家にご意見、アドバイスを伺う機会を設けます。
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