10月28日に刊行された「ヒゲとナプキン」は乙武さんの執筆で、原案は文野さんです。作品に託された思いをお聞かせください。 エンターテインメントをきっかけに多くの人に知ってもらうのは大切だと考えていたところに、名編集者でもある株式会社コルクの代表・佐渡島さんと話す機会があって、LGBTQのSTORYを知る小説が少ないから書いたらどうか?と提案されました。島崎藤村といえば「破壊」これは部落差別をテーマにした名作ですし、そういうシンボル的な小説があれば、もっと知ってもらえるのでは…と。僕はエッセイなら書けますが、小説はちょっと難しい。そこで「ダブルハッピネス」を書くきっかけにもなった兄貴的存在の乙武洋匡(以下、乙さん)さんに相談して、僕の話だけでなく周りの仲間の話もあわせて語り部として伝え、乙さんに書いてもらうことになりました。乙さんはフレームワークをがっちり決めてから書き始めるタイプなので、まずは大枠を決めてからスタートしました。週一で乙さんが原稿案を共有してくれ、僕と佐渡島さんがそれを読んでの意見をフィードバックしました。それを受けた乙さんが修正を加え、毎週彼のnoteで連載していきました。土俵も分野も違いますが彼もマイノリティーとして背負ってきた視点があるからこそ、あれだけ当事者に寄り添って書いてくれたのだと思います。ここまで当事者の気持ちをわかってくれるのかと、誰よりも僕が毎週楽しみに読ませてもらいました。乙さんの文才に佐渡島さんの鋭い編集視点、毎回とても勉強になりました。 3人の力を集結した「ヒゲとナプキン」ですね。11月には「元女子高生、パパになる」という本を出されますが、書籍の企画は同時進行でしたか? 元々小説版とリアル版のどちらもあったほうがいいのではという話があって、どちらの作品からでも関心を寄せてもらい、現代の日本社会に生きるトランスジェンダーのリアルを知ってもらえればと。15年前に「ダブルハッピネス」を書いてから、2冊目はどうするの?といろいろな人に聞かれてきましたが、そんなに簡単に書けるものではなくて。その後3年や5年では書けませんでしたが、10年経ってみるとそれなりにいろいろあるなぁと。でもそろそろ書いてみようかな?と思いつつ、忙しさを理由に後回しにしていました。ちょうどそんな時に文藝春秋の編集者さんから声を掛けていただいたのがきっかけです。パートナーの妊娠など自分もライフステージが変わるタイミングだし、今年で39歳で、40歳になる前にこれまでのことをまとめておくのもいいかと思いまして。 まさにライフスタイルが変わる時が、本を出すタイミングでしたね。 実は、最初ライターさんに書いてもらうつもりでしたが、それだとやはり細かなニュアンスが変わってしまうなと。幸か不幸かコロナ禍となって時間もできたので、最終的には自分で書くことになりました。本を売るということよりも、これまでにあった出来事を一冊にまとめておきたいという気持ちが強かったですね。娘も産まれ、この子が大きくなっていく時に、親が3人いることや、トランスジェンダーについて、もしかしたらアイデンティティーに迷うことがあったとしても、どういった社会背景で、どんな想いで生まれてきたのかをわかるようにしておきたかった。 子どもを授かっても育てられない事情があったり、授かりたくても難しい状況にある方もいたり。LGBTQだけでなく、今の時代は妊娠・出産で生き辛さを抱えている女性は多いですね。 セクシュアルマイノリティだけではなく、多くの人が自分の思っている普通と、社会の普通が噛み合わずにいろいろなことで苦労をしています。社会的マイノリティの僕が様々な壁をどう乗り越えてきたかをシェアすることは、今の日本社会で何かしらの生きづらさを感じている方々への何かのきっかけやヒントにつながるのではないかとも思いました。実際に僕の家族のことを公表した際に反響があったのは、LGBTQだけではなかったので。何かしらの理由で子どもを持てないストレートのカップルや、血の繋がりのないお子さんを育てられている方などなど。多様な家族形態を望むのはLGBTQに限らないのだということを改めて感じる出来事でした。 |
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