■食育とか、こどもクッキングといえば坂本先生のお名前があがります。料理の道に進まれたキッカケは何だったのでしょう? 子育てしている中で、自分が納得いくものを食べたい。素材のいいものを仲間と共同購入していたんですね。ところが、いいものを手に入れても使いこなす技術がないとダメなんです。余ってしまうと続かない。それで、素材を使いこなすための勉強会を始めました。30人定員の教室がいつも満員。8年くらいして朝日新聞が取材にきた。記者も女性の方で、「こんな簡単な調理法でいいんですか!」と共感してくれました。料理は原理原則を守れば、何でもOKです。それがキッカケになって、年末のお料理を1週間連載で書き、のちに「いそがし母さんのてぬき料理」という連載に発展し、「本にまとめませんか?」と誘われて出したら、今度はNHK「きょうの料理」に呼ばれて……単なる、なりゆき任せ(笑)。
■そういういいご縁にめぐり合えるのも才能ですよね。もともとお料理はお好きでしたか? 姉の夫がレストランの息子だったんですね。その義兄が私に作り方をたくさん伝授してくれた。やっているうちに身に付くことも多いということで、たくさん料理のいろはを叩き込まれました。父は「家事は女中さんにしてもらってもいい。だけど食べるものは血のつながった人が作るように」と言っていました。家族皆が忙しかったので、自分が台所で何か作るのは自然なことでした。料理は手に付くものだから。
■何をすることが一番好きでしたか?どんな性格のお子さんでした? 体も弱くて口数も少なくて、本が好きでとてもおとなしいタイプでした。昔は無口で、今は六(つ)口と言われています(笑)。この通り人前でお話しする仕事に就いたので、昔を知っている方にはビックリされますよ。
■成長の過程で何か変わるようなキッカケがあったのかもしれませんね。幼少期は、どんな習い事をされていましたか? そろばんと、絵の教室に通っていました。それと、書道とピアノを。書道だけは趣味で今も続けています。実は、27~42歳までの15年間、自宅を開放して子どもたち対象に書道教室をしておりました。料理の道に入る前からで並行しての話ですが。
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