鏡 リュウジ(かがみ りゅうじ)さん
占星術研究家・翻訳家。1968年3月2日生まれ。 鏡さんはたくさん本をお書きになっていらして、中でも中学・高校時代のお話はとても興味深く読ませていただきました。もっと遡って幼児期・小学校時代についてもお聞かせいただけますか? 伏見桃山、嵐山と何度か引っ越しはありましたが高校卒業するまで京都で育ちました。母は元モデルで、僕が生まれてからは着物の着つけ学校を主宰。父は着物の小物を扱う小売業を営み、夫婦とも商売が繁盛していて、住み込みの家政婦さんもいてかなり裕福な家庭でした。仕事の忙しい両親に代わって母方の母である祖母に、僕と1歳下の妹の世話をしてもらっていました。母・服部和子は日本ではじめて着付け学校を開校。今でも現役で働いています。 私も鏡さんと同世代なのでずいぶんリッチな生活をされていらしたなぁ~という印象ですけれど。お坊ちゃまでいらしたんですか? 当時人気のあったウルトラマン絵柄の枕で寝ていた普通の子です。しばらくして高度経済成長期が終わり、一気に景気が悪くなって父の商売がダメになってしまった。 お母さん想いでしたね。学校も転校されて?生活も急変して、習い事なんて考えられない状態でしたか? いえ、習い事は結構いろいろやっていました。ピアノ、英語、学習塾など。英語は母の知り合いのインド人の娘さんに教わるくらいでしたけれど。ピアノは小学1年から1年間くらいの短い期間。塾は中学受験を小学校の先生に勧められて通うようになりました。 お母様の事業が軌道に乗って、経済的には恵まれてらしたんですね。 どうでしょう。当時、地元の中学校が荒れていたので…経済的に許されるのなら、私立へ進むことを勧めますという感じでした。どちらかというと体を動かすよりも、一人で読書をしていたいタイプでしたから、先生としてはいじめに遭わないようにと考えてくださったのかもしれません。進学した私立の男子校は仏教、浄土宗の教えを説く学校で道徳の時間の代わりに、仏教を学ぶ授業がありました。宗教の概念が昔から好きでしたね。 |
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