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「気」によって人々の潜在能力を開発する指導者 宇城憲治さん3歳の子供が倒す 大人ができなくても3歳の子どもが「できる」という真実。
命令では「気」は通らない3歳の子供が倒す 大人ができなくても3歳の子どもが「できる」という真実。

宇城先生の幼少期はどのような時代に、どんな過ごし方をされたのですか?

九州の宮崎県で生まれ育ち、小学校、中学校と片道4kmの距離を9年間1日も休むことなく通いましたので、身体の基本はここで作られたのだと思います。幼い頃から、戦闘機乗りであった父に厳しく育てられたので、嘘をついたり言い訳をしたり理屈を言ったりする世界とは無縁の教育を受けていました。厳格な父に逆らうようなことはありませんでしたが、先々、武道の修行をする上で大きな意味を持ちました。

身体から先に覚えた流儀ですね!先生は「スポーツから、スポーツ道へ」という指導をなさっていますが、これはどういう教えでしょうか?

スポーツは筋力による力を土台とします。つまりそこにあるのは力と力の関係、衝突の力です。武術に必要なものは、相手と調和し、相手を制する力です。従ってその力の根源となる技は心の発動としての形となるわけです。まさに伝統の剣の極意「事理一致」はそのことを教えています。 体力や体格の差によって力が劣るといった比較をされがちですが、実はその発想自体、スポーツの考え方、あり方に限界があることを証明しています。競争の中で勝つことに主眼を置くスポーツは、心がなくなる傾向があります。スポーツは一生やれるものではありません。「スポーツ道」にして人生に活かす基盤を同時に作っていく必要がある。

著書も拝読しました。『武道とは心の発動を形にしたもの』で日本の歴史にも触れられていて、意味合いの深さにびっくりしました。

武道は日本の文化で、昔から刀から数々の言葉が生まれました。
・切羽詰まる
・鎬を削る
・刃がたたない
・元の鞘に収まる …など。
切れる刀を止めると刃となり、その刃に心を乗せると、忍となる。殺傷道具であった刀が、武の修行、心の修行によって忍の境地、すなわち刀を抜かない境地に達していく。武器としての刀から、武術の究極である「戦わずして勝つ」というところへ向かうプロセスこそが、時代を越えて永遠に生き続けているのです。

大人がやろうとしてもできないのに、3歳児が大人を倒せる事実があります。ここにも「気」が働いているわけですね。

子どもは邪気がなく無欲で、身体が統一体になっています。まさに人間は生まれながらに完成形であり、子どもは、その生まれながらに持っている地球とつながることで得るエネルギーを、身体を通して自在に使えているのです。大人ができないのは、身体が部分体になっていることにあります。頭で「こうしよう」と欲が働くと、そうなってしまうのです。人間は自然に最初から備わっている力があり、それを引き出す方向に向かわなければなりません。その根源に「気」があるのです。

股関節を痛めて腰が曲がらなかった人が身体に気を通され曲がるようになった実践例

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